ドキュメント高校中退 / 青砥恭(2009 ちくま新書)

昨日の本もこの本も、野中先生のブログで紹介されていた本。 

 強烈な読後感を残す本。途中で何度もいやな気分におそわれるのだが、教育に関わる人間、特に中学・高校の教師は必読の書だ。
 ’80年代からの新自由主義が経済格差を拡大させ、親の貧困が子どもの教育の格差を生んでいるという。そのこと自体はとりたてて新しい意見ではない。目的もなく高校に入学した子どもたちが、親の貧困の影響もあってどんどん高校を中退していく、当然その子たちの行く末は不安定雇用だったり、早すぎる結婚・出産、そして離婚だったりと、貧困を拡大再生産していく。
 都市周辺部の都府県では、公立学校の学区制を廃止したことが学校間格差を拡大させ、いわゆる底辺校といわれる高校は入学試験時の定員割れが続くため、英語や数学が0点であっても入学できてしまったり、中学校の3年間まったく登校できなくても合格できてしまったりという現状だという。うちの県でもそこまでではないにせよ、それに近い現状が見られる。もともと社会に出たくないだけで進学してくるため、学習意欲はほとんどないし、部活動なども盛り上がらず、学校全体に沈滞ムードが覆う。
 筆者は多くの実例を紹介しているが、読みながら思い浮かんだのは、入学して1年以内に中退してしまった二人の生徒の顔だ。いずれも受験時は苦手ながらもなんとか勉強をがんばって近くの定時制高校に進学したのだ。今はYは飲食店で、Hは塗装工としてアルバイトをしている。二人とも非行を重ねて家庭裁判所で審理もされている。だいぶすさんだ生活をしていると耳にしていたHは勤務校の文化祭にも顔を出してくれた。格好は派手だったが、今はしっかり働いているという。それでも今の世の中で高校中退のままでは、経済的には先行きは明るくないだろう。彼らにちゃんとしたキャリア教育をすることができなかった自分がむなしい。
 筆者は高校の義務教育化・無償化を訴えている。無償化については民主党政権の公約でもあったので実現しそうだ。ただ、義務教育化は個人的に反対である。高校が義務教育となると、勉強しない生徒がますます増えるのではないか? 少なくとも私の周りの生徒たちは、高校受験に向かって勉強しているし、生活の乱れも多少なりとも収まっている。
 義務教育となると、高校ではとんでもない生徒でも辞めさせることができないということだ。辞めたくて辞めたくてしょうがない生徒でも辞めることが出来ないということだ。これは生徒にとっても教師にとっても不幸なことではないのか?
 また、義務教育となっても進学先を決めるための選抜試験は行われるはずであり、底辺校と言われるところには、さらに学力が低い、高校になんて行きたくない生徒が集まるだけではないか? という疑問が消せなかった。 

ドキュメント高校中退―いま、貧困がうまれる場所 (ちくま新書)

ドキュメント高校中退―いま、貧困がうまれる場所 (ちくま新書)